大判例

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札幌高等裁判所 昭和26年(う)875号 判決 1952年1月26日

控訴人 被告人 菅原清吉

弁護人 板井一治

検察官 木暮洋吉関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

但し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

弁護人板井一治、同竹原五郎三の控訴趣意は、各その作成名義の控訴趣意書に記載したとおりで、これに対する判断は次のとおりである。

(一)弁護人板井一治の控訴趣意第一乃至第三点について。

原判示「云々、お前を罪におとしてやる。」旨の告知は、被害者の身体、自由、名誉又は財産に対し為されたものであるから、刑法第二百二十三条第一項所定の害悪告知の対象と符合するばかりでなく、刑罰は一般に人の恐るるところで、特に裁判検察の実情に通じていない者に対して、原判決摘示のような事実を告知するのは一般的に見て、人をして畏怖の念を生ぜしむるに足り、これを以て害悪の告知というに妨げなく、又強要罪における脅迫の内容は、人をして畏怖の念を生ぜしむる程度に具体的であれば足りるのであつて「云々お前を罪におとしてやる。」というのはかかる意味において、人を畏怖させるに足る具体的事実であるといわねばならないから、論旨はいずれも採容に由ない。

(二)同第四点及び弁護人竹原五郎三の控訴趣意一について。

なるほど、控訴趣意書摘録の証人北村与吉の供述記載によると新田作蔵方で、右北村が被告人と会つてから、被告人方で本件嘆願書を認めるまでには、所論の時間を要していることが認められるけれども、原審第三回公判調書中証人北村与吉の供述記載及び同人に対する証人尋問調書の供述記載によると、右北村は右新田方で、被告人から原判示のように脅迫を受け、被告人の要求によつて嘆願書を認める決意をして、被告人のいうとおり被告人方へ行つて、被告人の書いた原稿を見てそれを書いたもので、その時まで右脅迫状態は継続していたことが認められるから、右嘆願書は被告人の脅迫によつて作成したものといわざるを得ない。各論旨も理由がない。

(三)弁護人板井一治の控訴趣意第五点について。

しかし、北村与吉の検察官に対する供述調書は、その記載を閲すると、その書面の作成された時の情況を考え、相当と認められるので、これを証拠とすることができるわけで、これに基いて事実を認定しても何ら違法のかどはなく、論旨も理由がない。

(四)同第六点及び弁護人竹原五郎三の控訴趣意二について。

訴訟記録及び原審で取り調べた証拠によつて認めらるる被告人の経歴、本件犯行の態様、被害の程度、その他諸般の事情を綜合して考えると、原判決の量刑は重きに過ぎ不当と思料されるので論旨はいずれも理由があり、原判決は破棄しなければならない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条により、原判決を破棄し、同法第四百条但し書に従い被告事件について更に判決する。

原判決の不当な点は、刑の量定だけであるから、原判決が確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為は、刑法第二百二十三条第一項に該当するので、定められた刑期範囲内で被告人を懲役六月に処し、情状刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二十五条により、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予するものとし、原審における訴訟費用の負担につき、刑事訴訟法第百八十一条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 藤田和夫 判事 西田賢次郎 判事 長友文士)

弁護人板井一治の控訴趣意

第一点刑法第二百二十三条第一項の強要罪は相手方に害悪の通告をして脅迫するを要し其害悪通告の方法は生命、身体、自由、名誉、財産に対し害を加うべきことを以てするのでなければならん、刑法第二百二十二条第二百二十三条が同法第二百三十六条第二百四十九条と比較し害悪の客体に制限あることに注意しなければならん、原判決の認定した脅迫事実は「お前が俺のことを事件にしたんだろう俺が今度お前をやつてけてやる、無実の事でも証人を五人程こしらえてお前の言つた事でも言わない事でもその証人が事実であるとふんばつたら通るんだからお前を罪におとしてやる」と謂うにある、右は生命身体自由名誉財産に対し害を加うる法定要件に該当する所以を諒解せしめないのである、否其れは毫も法定要件に該当しない事柄である、若し之れを強いて法定要件なりとせんか濫りに裁判により罪種を拡張することとなり罪刑法定主義の鉄則を侵しやがて憲法第三十一条違反の裁判となるのである、故に原判決は破毀を免れざるものにして被告を無罪とする判決あらんことを求む。

第二点一、害悪の通告たる為めにはそれが一般常識の承認されるものでなければならん(法律学説判例総覧刑法各論編第二百二十二条の項二、三〇六頁大場博士等)、加害者が「お前の畑を荒らしてやる」と言うたとすれば財産に対する害悪の通告になるが「大雨大旱により収穫皆無にしてやる」と言うたとしても害悪の通告にならん、蓋前者は自分の支配内の行為で脅迫の対象となるが後者は自分の手の届かないことで害悪通告としての適格性を欠如し害悪通告の手段とならんからである。

二、原判決挙示の「云々罪にしてやる」ことは自ら手を下して其れを為し得るところでなく冷静公平なる検察裁判の正義の審査機関にあらざれば為し得ないのである、其「罪にしてやろう」としても検察裁判の審査を経れば加害とならざること明瞭であるのに之れを脅迫の価値ありとなすは一般常識を以て解し得ないのである、故に右は害悪通告たる適格無く之れなきところ強要罪あるを得ないのである、右の如き放言は往昔封建専制の乱世の検察裁判には権力が濫用されたから脅迫となる材料であつたかも知らんが現時精練された検察裁判の世に脅迫の資として恐るるが如きは非常識なるのみならず検察の威信と裁判の尊厳を胃涜するものである。

第三点何々の窃盗何々の詐欺等脛に傷持つ相手方に対し痛い所に触るる如く具体的に事実を指して曝露する意味の放言は相手方が脅迫を感ずるであろう然るに福田裁判官の北村与吉に対する証人尋問調書「二九」問答の「俺がお前をぶち込んでやる」とか第三回公判の北村証人「二三」問答の「お前を入れてやる」などの如く唯漫然たる言語にして具体的事実を指さざるものは脅迫の対象とならんのである、右の言語は乱暴無礼であるが聞く者に取り不愉快であるだけで脅迫として迫る圧力を感ぜぬからである。

第四点本件嘆願書は脅迫の下に作成されたものでない、福田裁判官の北村与吉に対する証人尋問調書「五九」問答によると問 それでは証人は菅原に本年三月二十一日新田方で先程の様な事を言われてどう思いましたか。答 自分としては悪い事をしてないし訴えられる理由もないので訴えるなら訴えてもよいと言いました。とありて毫も脅迫を感ぜざるのみならず、更に之れを時間の経過より見るに昭和二十六年三月二十一日北村が旭川市七条通八丁目の新田方へ行きしは午前十時頃にして被告人に会いしは十時半頃であつた(福田裁判官の北村に対する証人尋問調書第二五乃至二八問答)、三時間位其処に居り午後三時か四時頃旭川市八条通七丁目右五号の被告人菅原方へ行き(第三回公判北村証言三〇、三一問答)しもので其の間畏怖より解放され冷静淡々として妥協の心で歎願書を書くことを承諾した(同三〇問答)ものと解される、初めより終りまで四時間半或いは五時間半の時間があつたのみならず新田方より菅原方へ行く間北村に回避の自由もあつたのだから脅迫の継続する状態と認められないのである、北村は欣々快諾でなく「うるさい」「面倒臭い」から妥協したかも知れんが威圧に制せられたのでない、歎願書の文面によるも北村に財産的損失義務の設定を招くことなき単なる通信文程度の記載をなしたるに止まるのであるのに鑑み被告人が脅迫して得たるものと解せられないのである。

第五点刑事訴訟法第三百二十六条により同意のあつた供述であつても供述の情況を考慮し相当と認める時に限り証拠とすることができるのであるから北村与吉が福田裁判官に尋問された上第三回公判に於ても亦証人として尋問された本件の如き場合は検察官の面前に於ける供述を証拠とすることは相当でないと信ずる、果して然らば前記二個の証拠により事実を認定すべきである、而して(イ)第三回公判の証人北村与吉「二三」問答に問 略。答 あることでもないことでも言い(菅原が北村に対し北村よ、あることないこと勝手に言いの意)お前が知らないと言つても証人を五人か六人作つてお前を入れてやると私の前に腕をつき出して言いました。(ロ)福田裁判官の証人北村与吉に対する「五九」問答 問 略。答 云々菅原は俺の方で横山とか中村田村その外にも四人位名をあげたと思いますが其れ等の人で証拠固めをし証人を作つてお前(私のことです)の犯罪をこしらえてやる、そしてぶち込んでやるからと言いました。右は北村が知らないと否認しても証人により之を克服する如く訴訟手続をするの意味である。

前記二個の証拠中に於て被告人に不利益なるものの最高峯は前記指摘の部分であつて之れ以上の事実を抽出し得ないのに原判決が「無実の事でも証人を五人程こしらいてお前の言つたことでも言わないことでも其証人が事実であるとふんばつたら通るんだお前を罪におとしてやる」と事実を認定したのは採るべからざる証拠或いは証拠無くして事実を認定した不法があるものと言うべく原判決は破棄せらるべきものと信ずる。

第六点(一)仮に罪ありとしても原審の量刑は左記事由に照し著しく過当である。

(二)刑の量定は犯罪の結果即ち犯罪によりて得たるものの大小により秤量せられる、壱円の窃盗と百万円のそれと異なる如くである、本件の所産而して本件行為により被告人が得たとする歎願書を仔細に閲読検討しなければならん、一体被告人は之れにより何の利益を得相手方である北村与吉は何を失つたであろう、何物もないので唯唖然たるのみである、斯ることが実刑を以て矯正しなければならぬ程の重大事であろうか。

歎願書の作成により被害者北村に財産的損失義務の設定を招くことなきと共に被告人が不法の利得を得ることなく或いは事実証明の具となることなき単なる通信文程度の経過を記載せるもの、それは勿論警察検察裁判所に有効に影響を与え得ざる児戯に等しきものと謂うべく社会公共の害を致すことなきものである、果して然らば本件歎願書作成の犯罪上の価値は極めて僅少とせねばならん、従つて刑罰の裁量も低位に置くを以て相当と思料されるのである。

(三)被告人は四十三歳の分別盛りにして生活に苦しまざる(最終訊問五項)家庭であるから困窮の為の今後罪を重ねる憂なく又子供四人ありて之れを指導する任にある者が前科者たるため罪なき子等の勉学の志を挫き婚姻の妨げとなりて彼等を煩らわすは被告人の堪え得ざるところで将来を戒心する資料となるのである。

(四)被告人は前科の汚れなきものであるから之を今後身を修める担保とし短期実刑を採るより罰金又は体刑とするも執行猶予を付するを以て善導の途と信ずる。

(五)被告人の最終訊問八項に警察に沢山告訴され、窃盗詐欺で逮捕され検察庁まで行つて取調を受け、とあるは旭川に於ける告発癖ある某の告発に基くもので此時温厚なる旭川地方裁判所現任執行吏飯田貞治氏も同時に告発の災厄に遇つたが検察庁は今に起訴しないそれは罪とならんからであろう。

右告発癖ある某の為めには当弁護人及び竹原五郎三弁護士等まで告発された、もとより罪となる所為はないのだから問題とならなかつた、以て被告人に対する告発患者の告発が誣告中傷なるを窺われるであろう。

被告人に対しては罰金重くも執行猶予の恩典ある体刑を相当とするところ事茲に出でざる原判決は量刑甚だ過重なるを以て破棄の上相当の刑を言渡さるべきものと信ずる。

弁護人竹原五郎三の控訴趣意

一、原判決は不当に事実を認定した誤りがある。本件の根幹をなす歎願書の内容は被告人が下書をして北村に作成せしめたと謂うにあるも被告人は右歎願書の内容は全然知らない事柄であつて下書をする余地のないものである。北村自身が知るところであつて同人が任意に而も自由意思を以て作成したるものである。

右歎願書の内容を仔細に御観察せられば直ちに判明するところであるがそれが被告の利益となる点何程ありやである。如何に無智なる被告と雖も若し下書して北村に作成せしめるのであれば歎願書らしいものを作成した筈であるが其の事実はないのである。北村が右歎願書なるものを作成するに当つても脅迫した事実のないことも各証人の証言で明白であり若し脅迫されたとして立去る機会は十分にあつたのである。被告人宅で北村が夕食も共にしておることによつても証明される。右は北村が被告人を陷れんとする作為によるものである。以上の次第で脅迫の事実もなく従つて歎願書を無理に書かせたこともないのであるから強要罪を構成する筈がないから本件は無罪である。

二、仮りに被告人が若干脅迫的言葉があつたとしても極めて軽度のものであつて単なる脅迫罪として罰金刑を以て臨まるべき案件である。殊に本件に依つて被告人は何等の利益を得る目的もなく又結果的に利益を収めたることなく他人間の民事関係の紛争の巻添えをくつたという被告としては諦め切れない案件で之に実刑を科せられた原判決は極めて過酷に失するもので此の点からも原判決は取消さるべきものと思料する。

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